資料01
AGC-
 

  
基線探索

■基線とは

地図作製のための三角測量では、三角形の一辺の正確な距離を実測する必要があります。辺の両端からそれぞれ任意の点への辺との角度を測ることにより、各両端からの距離を計算することができます。つまり三角形の一辺と2つの角度が判ればそれぞれの辺の距離は実測しなくても計算で求めることが出来るのです。

その最初の一辺を基線といい、全国に14の基線が設置されています。相模野基線もその一つです。

全国の基線
基線名
三角点網
測定年
測定距離
所在地
1、相模野基線

武遠三角網

明治15 (1882)

5209.9697m

神奈川縣相模國高座郡

2、三方が原基線

武遠三角網

明治16 (1883)

10839.9757m

静岡縣遠江國引佐郡

3、饗庭野基線

三丹三角網

明治18 (1885)

3064.7239m

滋賀縣近江國高島郡

4、西林村基線

攝讃三角網
紀伊三角網

明治20 (1887)

2832.2124m

徳島縣阿波國阿波郡

5、天神野基線

丹伯三角網

明治21 (1888)

3301.8051m

鳥取縣伯耆國東伯郡

6、久留米基線

阿筑三角網

明治22 (1889)

3161.0071m

福岡縣筑後國御井郡

7、笠野原基線

筑隅三角網
対馬三角網
五島三角網

明治25 (1892)

5875.5088m

鹿児島縣大隈國肝属郡

8、塩野原基線

三角網

明治27 (1894)

5129.5872m

山形縣羽前國最上郡

9、須坂基線

美信・羽越三角網
能登三角網
佐渡三角網

明治29 (1896)

3291.9120m

長野縣信濃國上高井郡

10、鶴児平基線

奥羽三角網

明治31 (1898)

4006.0309m

青森縣陸奥國上北郡

11、札幌基線

奥石三角網

明治33 (1900)

4539.7703m

北海道石狩國札幌郡

12、薫別基線

石根三角網

明治36 (1903)

4069.8502m

北海道根室國目梨郡

13、聲問基線

石北三角網

明治41 (1908)

2677.5035m

北海道北見國宗谷郡

14、沖縄基線

隅沖三角網

明治44 (1911)

4151.6773m

沖縄縣琉球國中頭郡


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相模野基線

近代測量が始まった最初の基線が明治15年に相模野に設置されました。
現在と違って、当時は遮るものも無い平坦な原野だったのでしょう。約5kmの直線距離を正確に測った結果は
5,209.9697m 確率誤差(+-)0.00293m という記録が残っています。つまり1/10mmまで計ったということです。

相模野基線は図中の下溝村(北端)と座間村(南端)間の直線で、東側の長津田村と西側の鳶尾山の位置を確定します。次に長津田村と鳶尾山間の直線距離を一辺として北側の連光寺村と南側の浅間山間を確定し、その辺から東側の鹿野山と西側の丹沢山を確定します。このように基線から次々に増大点を確定し、一等三角点網が全国を覆います。遠方になるにつれ誤差が拡大されるので、他の基線網からの補正を行います。

 

 一等三角点 相模野基線を歩く (フィールドワーク) 

 避難してから33年 厚木の山に帰郷 (AGCトピック6)

 故郷に帰った三角点 (AGCトピック11)

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須坂基線

須坂基線と雁田山 髻山を巡る 鶴田 実(資料3)

井上山&須坂基線&根子岳  森合孝信(資料3)

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三方が原基線

三方が原基線探索 (AGCトピック23)

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饗庭野(あいばの)基線

饗庭野基線探索(プラス1)の旅 (AGCトピック27)

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塩野原基線

塩野原基線踏査山行 (AGCトピック25)

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那須基線

那須基線について (AGCトピック7)

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笠野原基線

笠野原基線を尋ねて 

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